Case #87 - 「良い夫」、そして「愛」


チュアンは今まで一度もセラピーをうけたことがなかった。彼はビジネスマンであり、父は小さな牧場を持っていて木で物を作ることを趣味としていた。父は狩りが好きだったので、家では大きい犬を何匹か飼っていた、などと懐かしい子供の頃の話を語ってくれた。しかし中学校に上がるとチュアンは父と別れて住んでいたため、父が恋しかったと語った。 彼は学校ではいつも優等生だったが、父はそのことをなかなかほめてはくれなかった。 彼は10年ほど前から事業で問題を抱えはじめていて、妻と娘は実家に住んでいたが、チュアンだけは事業改善のため町へ出てきていたのだ。その時から彼は毎晩のようにお酒を飲む様になり、一年間うつ状態だった。 彼がうつだった最中、春の祭りで父とばったり会ったのだった。彼の父は突然「大丈夫?離婚でもするの?」と聞いたが、チュアンは「いや、仕事が大変なだけだ」と答えた。だが父はそ、の言葉を信じてくれなく、しきりに聞いた。 そして「私はおまえを信じている。お前ならできる」といい、チュアンを驚かせた。父はまた「結婚がうまくいっていないのなら、離婚してもいいと思う」と言ったのだった。 父の言葉はチュアンを大きく変え、彼はお酒を飲むのをやめ、事業を改善しはじめたのだった。 しかし、彼の結婚生活には確かに問題があったのだ。でもチュアンは父にそのことを打ち明ける勇気はなかった。 彼の妻は同級生で、妊娠したので仕方なく結婚をした。彼女は優しい女性で、チュアンの家族にも親切にしてくれ、娘にとっても良い母親だった。彼は仕方なく結婚をしたので今は「とらえられている」気がした。彼は誰に対しても良い顔をしたかったが、本当は幸せではなかった。私が、1から10でいうとどれくらい幸せなのかと聞くと10中3と彼は答えた。妻とのセックスはもう何年もの間なかったし、正直彼女に魅力を感じず、男女というよりは兄弟の関係のようだと答えた。 彼の話を聞いていると、この結婚はもとから情熱がなく、新たに火をつけることは不可能だと私は感じた。まれにそのようなことは可能かもしれない。しかし、彼が妻を抱きしめる度に冷や汗をかくということを聞いていると、妻への魅力を全く感じないということが明らかだ。 彼は妻への尊敬はあったが、「相方」としてだけだった。 しかし彼は道徳的で良い人間を演じようとし、また家族に対しての責任感も強かったので、離婚を決断することができなかった。 彼はまた、娘を傷つけたくないし、失いたくないということ、また妻を傷つけたくないということを話した。 彼はじつに「とらわれている」状態にあった。 チュアンは自分の中で「良い夫」と「真実な愛」という2つのものが分裂していると言った。 そこで私は彼にこの2つの相対するものを示す何かを選び、心の中で別れている二人の自分に討論させるように促した。はじめは、心の中にいる二つの性格がお互いの言い分を言い合っているだけだったので、私はビジネスでの交渉のように、二人の自分がどこかで同意をしなければいけないことを言った。 しばらく話した後、「真実な愛」は「良い夫」に一年間考える時間を与え、「良い夫」は妻とそのことを話すことで同意をした。 しかし、この話をすることで妻を傷つけ、彼らの結婚の終わりを迎えることになることをチュアンは恐れていることは明らかだった。 彼は急に居心地が悪くなり、少しめまいもし、立って歩かないと不安定だった。彼は部屋を見渡し「この部屋には窓が一つもありませんね」と言ったので、私はカーテンに隠れているが窓が一つあることを言うと、彼はほっとしたようだった。 私は自分が離婚をした時の話を淡々と語り始めた。チュアンは途中で私の首にかけてある指輪のことを聞いたので、それは私が次女の卒業式のためイギリスに言ったときのものだと答えた。 離婚というものはとても苦しみの伴うことだったが、結果として子供達はあまりダメージを受けていなくうまくやっているように私には見えたということと、私も心の底から愛する人を見つけることができたことを語った。私はつつみ隠さず離婚ということによる私の苦しみ、そして私の元妻の苦しみを彼に話した。 セラピーのなかで「父親の役」を演じることで、チュアンに離婚という決断をしても良いということを私は語ったのだった。 もちろん、私は夫婦がうまく結婚生活を歩んで行くための最前をつくすように務めている。しかし、その人が生きていく中で苦しみをうみ、自分自身として生きるのを妨げているのなから、離婚を考えてもいいと思う。チュアンはこれを聞いて肩の荷がおりたようだった。この部屋に窓があるということと、私の指輪の話のように象徴的なことが特に彼の注意をひいたようだった。 私の指輪の話や自分自身の離婚経験談を聞く事は彼を自分自身の恐怖と「とらわれている」感から解放したようだった。私自身が自分のストーリーを語り、自分のことを打ち明けることにより、彼へのセラピーへとつながった。もちろん、セラピストが自分の話をするということには細心の注意をはらわないといけない。しかし今回のようにクライアントを助けるツールになる場合は例外だ。 「窓が開いている」という象徴はチュアンにとってはとても大事なものだった。それは彼が行き詰まっている中で、例えそれが隠されたものだったとしても私が脱出の道を示したからだ。 この象徴はこれからのセラピーで取り扱っていこうとも思う。 また、2つの敵対する部分が会って話し合いをするということも大事だった。セラピーの中でこの部分が対話をすることにより、対立する2つの部分の融合をはかることができるが、敵対する二人の人が会うときに注意が必要なように、このようなことをするにはセラピストの助けを必要とする。 そして彼の「父親像」も大事なものだった。それはチュアンが父に認められたいという思い、そして私が彼に対しての「父親像」としてできる役目があり、それを通して彼を助けることができるからだ。



 投稿者  Steve Vinay Gunther