Case #85 - 水のないプール


ダニエールの話を聞いて私は胸がとても悼んだ。彼女も夫も二人とも教師で、よく一緒に旅行したり、外国で英語を教えたりしていた。彼らは大学で知り合い、二人ともクリエイティブでスピリチュアリティに興味があり、美術が好きで、一見、とても仲がいいように見えた。 しかしある時、夫はフランスに美術展覧会のために行ったきり戻らなかった。彼はダニエールになにも言わず、なんの相談も無しに行ってしまい、不法移民としてフランスに滞在してしまったのだ。もちろん、このことはダニエールをとても悲しめた。また、時が経ってもそれは変わることはなかった。彼はダニエールをフランスで一緒に住むように呼んだりはしなかった。ただ何回かたまに帰国することはあった。夫と会ったときもなかなか話を持ち出せなくて、ダニエールはこのことでとても傷ついたことを打ち明けてくれた。 彼女は自分の人生が中途半端なところで止まっていて、自信を持って前にすすむことができなかったし、その状況を解決するすべも分からなかったと話した。 しばらくしてから、知人より夫が前の年にフランスで亡くなったということが耳に入り、このことはダニエールを更に追い込むことになった。夫が亡くなってから離婚をすすめるのはとても難しく、彼女を苦しめることになったのだ。 彼女は自分の人生が「基盤から崩れ落ちてバラバラになった」と表現した。 そして次の6年間、少しずつ人生を再構成していったのだ。彼女は様々なスピリチュアルな体験や、哲学、個人的成長などに時間をかけ、今までの悲痛な体験から自分を解放する努力をしてきた。 今は元通りのしっかりとした基盤を築き上げることができたように感じたが、問題は新しいパートナー探しだった。夫がなくなってから何人かの人とお付き合いをしたが、どれも長くは続かなかった。 今はもっと真剣なお付き合いをする心の準備ができていて、現在も付き合っている人がいたのだが、彼女のあいまいな態度のせいであまりうまく進んでいなかった。 彼女はその気持ちをプールの端に立って、怖くて動けなく、なかなか飛び込めない気持ちと似ていると表現した。 彼女は過去にとてもつらい経験をしたので、確かにこの表現は彼女にあてはまっている。私はこの表現を用いて彼女の気持ちをより深く掘り下げていき、言った。「前回はプールの中に水がいっぱい張っているように見えたので、あなたは飛び込んだのですが、実は水が入っていなく、痛い思いをしたのです」と。 そのためプールにどれくらい水が入っているかを確認するのがとても重要になってくると指摘した。私がこれを相手の「陰」をしっかり見るという比喩を用いて、彼女が昔に比べて相手の「陰」を見極めるのがうまくなったかを聞いてみた。 しかしダニエールは自分自身がどのような「陰」を出しているかに焦点をおきたかったので、私は通常はこのようなことはしないのだが、彼女の今までの話を聞いていて彼女は既に自分自身がどのような姿かは見出していて、自らの「陰」がどのようなものであるのかを知っていると指摘した。 そして、彼女ではなく、相手の条件に焦点をあてるように言った。 もちろん、通常はクライアントに焦点をあてるのだが、クライアントがすでに様々な方法を用いて「自分探し」をしている場合は、外の世界に目を向け、他人を評価することに目を向けさせたいのだ。 ゲシュタルトで重要なのは、「決まったやりかた」をしないということだ。一人のクライアントに用いられるものが他の人にも有効だとは限らない。それは人によって、その人の成長能力、必要、自己意識、今欠けているものがそれぞれ違うからだ。ダニエールの場合は「成長するべきもの」は恐れや「自分のつくった相手のイメージ」というものを取り除き、真に相手の姿を見る能力だった。 ゲシュタルト法ではクライアントが自身の感性や身体的感覚、今体験していることを見つめ、地に足をつけて歩めるように助けたいのだ。 そして、今回のように比喩を用いてどのように前に進んでいったら良いかという説明もしている。 このように相手が持っている世界や使っている言葉に自分自身を合わせることにより、相手の心を開いていくことができるのです。



 投稿者  Steve Vinay Gunther